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| 1882年(明治15年) | 7月 | 高松市ひろば(現:兵庫町)の地で、初代創業者:植松平吉により鮮魚店「植松」の店を構え営業を開始する。 |
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| 1892年(明治25年) | 頃 | 二代目:植松平太郎が20歳頃から、父親:平吉とともに鮮魚店「植松」を切り盛りしていく。 この頃から従業員を雇い商売も波に乗っていく。 |
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| 1897年(明治30年) | 頃 | 平太郎が、残った魚の切り身を錬り油で揚げて作った天ぷらを、従業員のまかないにしたり近所に配っていたが、大変好評だったので店の片隅で販売するようになる。 ※これが現在の「讃岐天ぷら うえ松」の原点である。 ※細天はこのころから存在していた。 |
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| 1902年(明治35年) | 頃 | 当店より500メートルくらいのところに住んでいた文豪:菊池寛が、しばしば当店に立ち寄って天ぷらなどを買って帰るようになる。 |
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![]() 文豪:菊池 寛 |
文豪:菊池寛も愛した、故郷の味「讃岐天ぷら」・・・・・。 「父帰る」、「真珠夫人」など多くの作品で著名な文豪菊池寛は、明治二十一年高松市(当店より500メートルくらいのところ)で生まれました。 上京する十九歳までを高松で過ごしましたが、私どもの先代より伝えられているところによりますと、菊池寛は当時「植松」の店とも近く、よくお店に立ち寄られ、顔馴染みであったようでございます。 そんなご縁で、今でも菊池寛のご子息様、菊池家の方々に大変ごひいきにさせていただいております。 誰でも故郷の味を懐かしく思うように、菊池寛もまた、「讃岐天ぷら」や「讃岐うどん」などは格別の思いがあったのではないでしょうか。 話によれば、二代目平太郎とはよく店先で将棋をさしていたそうです。 |
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| 1908年(明治41年) | 9月 | 三代目:植松敏章が、9人兄弟の6番目として誕生する。 |
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| 1921年(大正10年) | 7月 | 三代目:植松敏章が入社(15歳) |
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| 1923年(大正12年) | 4月 | 初代:平吉死去(享年78歳) |
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| 1927年(昭和2年) | 3月 | 二代目:平太郎死去(享年56歳) |
| 7月 | 第一勧業銀行 高松支店との取引が始まる。 | |
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![]() 二代目夫人:植松 マサ |
「植松」の歴史はマサによって創られた・・・・・。 二代目平太郎とともに明治終期から大正、昭和初期と鮮魚・蒲鉾・天ぷらの商いを切り盛りして裏で支えていたのが妻のマサであります。 大正に入り飛ぶ鳥を落とす勢いの「植松」でしたが、昭和二年二代目平太郎56歳での突然の死により「植松」の勢いにブレーキがかかってしまいます。 そんな状況の中、毅然と立ち上がり「植松」の炎を再びともしたのが、当時まだ幼い9人の子供を抱えていた二代目平太郎夫人、マサでした。 マサの持ち前の社交性と人一倍の努力のおかげで、お客様もみるみる増え「市場にない魚は植松で買え!」と言われるほどにまでなり、当時の同業者、市場関係者の中でマサは一目置かれる存在であったそうです。 そんなマサも昭和二十八年にたくましく成長した息子敏章に「植松」のバトンを渡し、静かに息を引き取ったのであります。享年75歳でありました。 |
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| 1943年(昭和18年) | 8月 | 四代目:植松明弘が、3人兄弟の2番目として誕生する。 |
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| 1947年(昭和22年) | 8月 | 戦後、鮮魚と蒲鉾・天ぷらの経営を分離し、蒲鉾・天ぷらを扱う「植松蒲鉾」を三代目:敏章が継ぎ、鮮魚を扱う「植松商店」を敏章の兄:昇三郎(9人兄弟の5番目)が継いだ。 |
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| 1953年(昭和28年) | 7月 | 二代目夫人:マサ死去(享年75歳) |
| 8月 | 百十四銀行 西支店との取引が始まる。 | |
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![]() 三代目:植松 敏章 |
古き良き昭和初期を駆け抜ける「植松蒲鉾」・・・・・。 現在の「うえ松」に「讃岐天ぷら」や「味噌漬け」の神髄を本当の意味でたたき込んだのが、三代目敏章(9人兄弟の6番目)であります。 明治四十一年にこの世に生を受け、大正十年(15歳)頃にはすでに二代目平太郎・二代目夫人マサの弟子に入り本格的に物作りのこだわり、味へのこだわり、商売へのこだわりを徹底的に教え込まれました。 若き敏章の下積み時代には、朝早くから魚や天ぷらで一杯になったはん棒を肩に担ぎ、お得意様宅まで商品のお届けやご用聞きに毎日廻っていたそうです。 昭和に入り、貫き通してきた頑固なこだわりが一気に花開くかのように、「植松蒲鉾」は敏章を筆頭に昭和の時代を駆け抜けていくのであります。 平成二年に83歳でこの世を去るまで、15歳でたたき込まれた「こだわり」だけをかたくなに守り抜き、次の世代に「うえ松」を託したのであります。 |
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| 1961年(昭和36年) | 4月 | 四代目:植松明弘が入社(18歳) |
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| 1970年(昭和45年) | 4月 | 五代目:植松繁が、2人兄弟の長男として誕生する。 |
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| 1972年(昭和47年) | 7月 | 社名を「有限会社 植松蒲鉾店」とし、資本金200万円で会社設立する。 高松信用金庫 広場支店との取引が始まる。 |
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| 1975年(昭和50年) | 11月 | 本格的にギフト開発をし、産直の地方発送をスタートする。 |
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| 1977年(昭和52年) | 12月 | 戦後からの古い木造の本店を、鉄筋の本店に建替える。 |
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![]() 四代目:植松 明弘 |
初代平吉のこだわりが時代を超え昭和・平成へ・・・・・。 昭和十八年、三代目敏章と妻文枝との間に現社長の明弘(3人兄弟の2番目)が誕生いたしました。明弘も昭和三十六年(18歳)頃から厳格な父敏章の元で本格的に職人の厳しさを学ぶことになります。 魚の選定の力、職人としての心意気、商売の難しさ、お客様の大切さを三代目敏章に厳しく伝授されながら、「植松」も高度成長期の時代の流れに乗っていくのであります。 昭和五十年代から明弘は、開眼したかのように独自の商売理念をいかんなく発揮し商品アイテムを増やし、産地直送ギフトを開発し、取引先もホテル・デパートなどと商売を拡大していきました。 その反面、明治十五年初代植松平吉が初めてこの地にのれんをかかげ、二代目・三代目と百二十余年の間、大切に守られてきた信念をしっかりと肝に据え、地に足をつけた商売に精進しております。 |
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| 1985年(昭和60年) | 1月 | 社名を「有限会社 植松かまぼこ」に変更。 資本金を500万円に増資する。 |
| 12月 | 本店拡大のために、西隣の土地を購入する。 | |
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| 1986年(昭和61年) | 4月 | 本店の敷地面積を拡大し建替えして、現在の本店が完成する。 ※トップページ写真参照 |
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| 1990年(平成2年) | 2月 | 三代目夫人:文枝死去(享年76歳) |
| 10月 | 三代目:敏章死去(享年83歳) | |
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| 1991年(平成3年) | 4月 | 三越高松店B1に、うえ松の2店目のショップが営業をスタートする。 |
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| 1992年(平成4年) | 6月 | 高松市内の主要ホテルとブライダル商品の取引が始まり、ハートかまぼこなどの若者をターゲットとした商品を開発する。 |
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| 1993年(平成5年) | 7月 | 川福食品と提携して讃岐うどんと天ぷらのアソートギフトを始める。 |
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| 1994年(平成6年) | 10月 | しょうゆ豆の販売を始める。 |
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| 1996年(平成8年) | 3月 | 資本金を1,000万円に増資する。 |
| 8月 | 資本金を2,300万円に増資する。 | |
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| 1997年(平成9年) | 3月 | 五代目:植松繁が入社(26歳) |
| 4月 | 高松市瓦町にコトデンそごうがグランドオープンし、B1にうえ松の3店目のショップが営業をスタートする。 | |
| 11月 | 甚助との提携により小豆島手延そうめんの販売を始める。 | |
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| 1998年(平成10年) | 1月 | 鮮魚店「植松商店」が店をたたむ。 そのことにより、弊社で鰆・鯛の味噌漬や鯛の浜焼きを取り扱うようになる。 |
| 10月 | 社名を現在の「有限会社 うえ松」に変更。 | |
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| 1999年(平成11年) | 9月 | 東隣の土地を購入し、工場・発送場の敷地面積を拡大する。 香川銀行 福岡町支店との取引が始まる。 |
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| 2000年(平成12年) | 4月 | 包装紙・化粧箱のデザインを一新する。 |
| 10月 | 旅行雑誌「るるぶ」や「じゃらん」などに掲載されだす。 | |
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| 2001年(平成13年) | 4月 | コトデンそごうが民事再生法の申請をして営業停止することになり、同時にB1の弊社ショップもやむなく閉店する。 |
| 9月 | コトデンそごう跡地に高松天満屋がグランドオープンし、再びB1にうえ松の3店目のショップが営業を再スタートする。 | |
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| 2002年(平成14年) | 6月 | 決算月を7月末から6月末に変更する。 |
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| 2003年(平成15年) | 1月 | うえ松のホームページを開設する。 |
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| 2004年(平成16年) | 5月 | 弊社の総合パンフレットをフルモデルチェンジする。 |
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| 2005年(平成17年) | 9月 | コープ香川との取引が始まる。 |
| 10月 | 工場に金属探知器を導入する。 | |
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| 2006年(平成18年) | 6月 | 石川オフィス会計と顧問契約を結ぶ。 |
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| 2007年(平成19年) | 9月 | リンベル鰍ニ取引が始まる。 |
| 11月 | 味噌漬け・浜焼き専用パンフレット完成。DM用封筒のデザインを一新する。 | |
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